その他

スピリチュアル解禁

ただし商業スピリチュアルは今まで通り禁止です。

スピリチュアルはもっと哲学的で心理学的でなければいけない。

さていままで居場所で禁止してきたスピリチュアルをいよいよ解禁しようと思います。

いままで禁止してきたからといって自分がスピリチュアルを嫌いだったわけではありませんよ。逆に好きすぎるが故にいまの時代に氾濫するスピリチュアルに拒絶的反応が起きていたのです。

スピリチュアルはなんでもありで自由にエゴを発動させることができるという危険性を含んでいるのでよんなーハウスではスピリチュアルを共通認識で語れるようにいくつかの仮説をもうけようと思います。

例えば

「この世とあの世(神秘)を完全にわけて考える。この世であの世のことを考えてもよくわかるはずがないので程々にしておく。」

「あの世のことがこの世で行われることはない」

「この世には悪霊も聖霊も存在しない」

「心はこの世とあの世の架け橋。中心に存在する魂はあの世に属し、その外側の自我はこの世に属する。」

「魂からは光・聖霊などで表現されるあの世からのものが湧き水のごとく出ているがそれが心の外側にあふれ出ることはない。また心の中で神や聖霊が直接語ることはない。心の中で聞こえてくる言葉はすべて自分自身が創り出したもの。もしそれが神の光や聖霊の影響を受けて創り出されたものならそれは聖なる言葉といえるかもしれないが、それでも人間が創り出した言葉なのでそこにエゴが潜んでいる危険性は常にある。」

「神は直接この世に介入しない」

「ただし心はあの世(神秘)に通じるところがあるようで、神は光のような感覚的なもので心に影響を与える。しかしそれすら強制的ではなく各個人の自由意思により拒むことができる。」

「神は語らない。もし心に言葉が沸いた時はそれは自分が作り出した言葉である。なぜなら言葉はこの世のものであってあの世とは直接つながっていない。」

「人は祈るとその場になんらかの痕跡を残す。ただしそれは簡単に吹き飛ばされる、いつまでもそこにあるものではない。脳には電気が流れているのでそんなものがその場に影響して痕跡が残るのではないかと思う。」

「よく残留思念という言葉を聞くけれど私の感覚では思念というほど強くはなく痕跡という言葉が適当ではないかと今のところ思う。だからそこに神がいると感じて手を合わしても実は前にそこで祈った人の痕跡を神と勘違いしそれに自分の祈りの痕跡を上書きしているだけということもあると思う。というかだいたいの場合がそうなのではと思う。」

などなど考えればいくらでも出てきそうです。

あと自分の考えでは過去生もないですね、もし魂が死後も各個人の形で存在したとしても、あの世は時間の制約を受けない4次元的な世界なはずで、なら今この世に生まれた魂でもあの世に行くと1,000年前に戻って20世紀のつぎは10世紀に生まれることもできるわけで、なので時間に縛られない魂に過去生はありえないというのが自分の考えです。

スピリチュアルは証明不能なことをあたかも聖なるもの正しいこと力のあるものとして語るところがあります。それに翻弄されると人生で結構無駄な時間を過ごすことになります。

なのでスピリチュアルに興味があり近づきたいのでしたらまずは「この世とあの世をきちんと分けて考える」「あの世のことはこの世では行われない」というような考えのスタート地点となる芯をお持ちになることをおすすめします。

以上よんなーハウスでもとうとうスピリチュアルが解禁されたよというお話でした。

(追記)この世に悪霊は存在しないと書きましたが、何らかの場が人間の知覚や脳に悪影響を与える場所というのは存在すると思います。最もわかりやすい例だと気温ですね、それで桜の花が早く咲いたり遅く咲いたり、人間にだって季節の変わり目に体調を崩したり影響を受けますよね。おそらく幽霊がよく出るという場所はそういうところだと思います。実際には幽霊がいるわけじゃないのですがその場所の何か(大雑把に雰囲気とか)が人の知覚や脳に影響を与えて錯覚・幻覚を見せているわけです。脳の調子が悪くなるのですからそういう場所には好き好んで行かない方がいいですよね。

あとある場所に行って何か悪いものを拾ってきたとか掛かったとかいうのがありますが、あれも同じで、悪霊が憑いてきたというよりそういう場所に行って一時的に体調がおかしくなったと考えていいんじゃないかと思います。だからそういう時は悪霊を払うというより、お風呂に入ってリラックスしてよく寝たほうがよくなると思います。

0000611